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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)69号 判決

控訴人 オリジン電気株式会社

控訴人 新和工業株式会社

主文

原判決中控訴人勝訴の部分を除き、その余を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「主文第一項ないし第三項」と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する」との判決を求めた。

当事者双方の陳述した事実上の主張は、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

当事者双方の証拠の提出、援用および認否は、左記のほかは原判決摘示のとおりであるから、これを引用する。

被控訴代理人は、新に甲第八号証を提出し、当審で提出された乙第十九号証の一、二、同第二十号証の各成立は不知、同第二十一号証および同第二十二号証の各成立を認め、同第二十一号証を利益に援用すると述べた。

控訴代理人は、新に乙第十九号証の一、二、同第二十号証ないし同第二十二号証を提出し、当審証人山田浜雄、同宮島治男、同松本顕吉、同荒井満寿男の各証言を援用し、当審で提出された甲第八号証の成立を認め、これを利益に援用すると述べた。

理由

左記の事実は当事者間に争がない。

被控訴人の申請に基いて、東京地方裁判所は昭和三十二年六月二十八日被控訴人より訴外島津建設工業株式会社(以下訴外会社という)に対する金二十五万円の手形金債権の執行保全として、右訴外会社が控訴人の注文により同年六月二十二日当時工事中の控訴人に対する請負工事代金債権壱千万円のうち金二十五万円について、債権仮差押決定(同年(ヨ)第三、五三二号)をなし、右決定を同年六月二十九日(後記認定のように午後十二時五分である)第三債務者である控訴人に送達し、続いて被控訴人は上記仮差押事件の本案である被控訴人と訴外会社間の同裁判所同年(ワ)第六、三四六号約束手形金請求事件の確定判決に基く強制執行として、訴外会社が控訴人に対して有する上記金壱千万円の債権のうち金二十五万円について、債権差押および転付命令を得て右命令の正本が控訴人に対しては、昭和三十三年八月十日、訴外会社に対しては同年同月十四日にそれぞれ送達された。

控訴人は、「訴外会社は控訴人から請負つた工事を中途で進行することができなくなつたので、控訴人は昭和三十二年六月三十日同訴外会社との間の工事請負契約を合意のうえ解約した。そしてこれより前控訴人は、訴外会社に対し工事代金債務の弁済として同年五月十日金百二十万円を、同年六月二十九日金四十万円をそれぞれ支払い右債務を完済したので、上記認定の債権仮差押決定が控訴人に送達された同年六月二十九日当時、訴外会社は控訴人に対し請負工事代金債権を有していなかつた」と主張するので判断する。

成立に争のない甲第八号証、当審証人荒井満寿男の証言によつて成立が認められる乙第二号証、原審証人黒沢愛孝の証言によつて成立が認められる乙第十八号証、当審証人宮島治男の証言によつて成立が認められる乙第二十号証、原審証人黒沢愛孝、原審並びに当審証人山田浜雄、同荒井満寿男および当審証人宮島治男の各証言を綜合すると次の諸事実を認めることができる。

控訴人は、昭和三十二年五月七日訴外会社との間に工事完成期同年六月末日、請負代金総額金四百七十六万五千円、代金支払方法は右代金をほぼ四等分し第一回分は契約締結の際前渡金として金百二十万円、第二回分は一階の床が完成したとき、第三回分は二階の屋階(三階の床)が完成したとき、第四回は引渡のときにそれぞれ支払うことと定めた工場増築等の工事請負契約を締結し、同年五月十日訴外会社に対し第一回分の前渡金百二十万円を支払つた。(右のうち請負契約の締結、請負代金額および金百二十万円支払の事実は当事者間に争がない)。ところが訴外会社は同年五月末上記前渡金百二十万円に相当する第一工程の工事を終り、第二工程の工事に取りかかつた頃から資金難のため資材の入手が困難になつて、工事が予定どおり進まず、約定の時期までに全工事を完成することが不可能の状況になつたので、同年六月中旬控訴人は、訴外会社およびその下請業者と話合つた結果、その後の工事は控訴人が直接資材等を購入して事実上直営の形式でこれを続行した。その間訴外会社から請負契約を解約し度い旨の申出があつたので控訴人は同年六月三十日正式に上記請負契約を合意解約した。そして訴外会社に支払うべき請負代金の残金については、その前日の同年六月二十九日(暦上土曜日に該当する)遅くとも午前十一時頃より前に控訴人の営業所において訴外会社の代表者島津勝雄に対し同日までの出来高に相当する金四十万円を株式会社三井銀行新宿支店宛持参人払式の小切手で支払つて、その清算を完了し、訴外会社の代表者島津勝雄は遅くとも同日同銀行の営業時間内(午前九時から正午頃まで)である正午前には右小切手を同銀行に呈示してその支払を受けた。

もつとも前掲乙第二号証(訴外会社からの控訴会社に対する受取証)中には昭和三十二年七月四日の日附のある、増田、竹居、山田という押印のあることが認められるけれども、当審証人山田浜雄の証言によれば、右認印は上記認定の請負残代金支払の後控訴人会社の上司が現実に同号証を査閲したときのものであることが認められる。甲第八号証の裏面には控訴会社会計課長山田浜雄の署名捺印があるが、当審証人山田浜雄の証言によれば、同証人が自ら右小切手を現金化するつもりで署名捺印したのを、それを止めて訴外会社の代表者島津勝雄に交付したさい消し忘れたことを認めることができる。また乙第三号証の一によると訴外会社が昭和三十二年七月一日に控訴人から請負工事代金として金五十万円の支払を受けたかのような記載があるけれども、当審証人松本顕吉および荒井満寿男の各証言によると、右金五十万円は前認定の訴外会社および下請業者との話合のもとに控訴人が直接訴外丸一鋼材株式会社から資材を買受け同会社に対して支払つた代金であつて、同号証の書面は形式的に作成されたものに過ぎないことが認められるから、右各書証の記載は上記認定の支障にはならないし、他に以上の認定を動かし得る証拠はない。

各その成立について争のない甲第六号証並びに乙第二十二号証(いずれも送達報告書)によれば上記認定の債権仮差押決定の正本が控訴人に送達せられたのは昭和三十二年六月二十九日午後十二時五分-同号証には午前十二時五分と記載されているが、時間の干係上誤記と認める-であることが認められる。その反面控訴人が訴外会社に対し請負代金の残金支払の為に金四十万円の小切手を交付したのは、おそらくとも同日午前十二時より前であることは前記認定のとおりである。

小切手は現金代用物としての機能を有し、専ら支払の具に用いられるものであつて、振出人が支払銀行に支払資金を有する場合には所持人は確実にその支払を受けることができるのであり、しかも小切手は転々流通するものであるから、債務差押の効力の発生前に、その支払について小切手が振出されたときは、差押債権者の干係では、右小切手の振出はもちろん、債務の支払も有効であると解するを相当とする。しかも、本件では訴外会社が控訴人から小切手の交付を受けて、支払銀行からその支払を受けたのは、いずれも控訴人に対し債権差押の効力の発生前であることは、上記認定のとおりであるから、控訴人の本件請負代金債務は、被控訴人からの差押前に有効に支払われたものといわなければならない。

それならば、債権仮差押決定が控訴人に送達せられたときにおいては、訴外会社の控訴人に対する右決定表示の請負代金債権は既に弁済され存在しなかつたものというべきであるから、右債権仮差押決定はその効力を生ぜず、次いでその本執行としてなされた債権差押決定および本件転付命令も亦効力がないものといわなければならない。

よつて、右とその認定判断を異にし、控訴人に対し転付債権、金二十五万円とこれに対する昭和三十三年八月二十七日以降支払済まで年五分の遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求を認容した原判決は失当であるから、民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消して、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については、同法第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)

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